内部通報窓口・ハラスメント相談窓口の必要性

後を絶たない企業不祥事とその影響

近時、各種コンプライアンス違反事案を起こした企業は、厳しい環境にさらされています。かんぽ生命の不適切販売事案(新規保険販売について3か月間の業務停止命令)、レオパレス21の建築基準法違反事案(多額の赤字を計上し、ファンドの支援を受け経営再建中)、セブンペイの決済情報流出事案(決済サービスからの撤退)等の例に見られるように、大企業であっても、不祥事により、長年積み重ねてきた社会的信用が一瞬にして失墜し、取引喪失、業績低迷に陥っています。

他にも、不正な金品を受領した上での工事発注、品質偽装、粉飾決算、顧客情報流出、個人情報の不適切利用、過労死、ハラスメント等の企業不祥事の報道は後を絶ちません。中小企業の場合も、ハラスメントを理由とした従業員の一斉退職が報じられた事例があり、たちまち事業継続に支障が生じているものと想像できます。


このように、企業規模を問わず、不祥事が起きた際には、深刻な経営危機に繋がるリスクがあります。帝国データバンクによれば、コンプライアンス違反が判明した企業の倒産(法的整理)は8年連続で200件超となっています(2020年4月7日発表「特別企画:2019年度コンプライアンス違反企業の倒産動向調査」)。

また、不祥事を受けて役員の引責辞任がなされるケース、直接の行為者のみならず役員や管理職も法的責任を問われるケース、法人としての刑事処分がなされるケースも報じられ、不祥事の影響は広範囲に及ぶと言えます。


つまり、企業を経営する上で、不祥事を未然に防ぐこと、あるいは小さいうちに芽を摘み、社内の自浄作用により解決することは必須となっています。「攻めのコンプライアンス」という言葉も聞かれるように、社内一丸となってコンプライアンス遵守に取り組み、クリーンな企業風土を作ることにより、取引先や従業員からの信頼が得られる、そして、その信頼こそが企業の持続的発展の基盤になるという考え方も広がっています(経団連の「企業行動憲章」など)。

法改正による窓口設置義務化

 21世紀に入り、従業員などからの内部告発をきっかけに、食品の偽装表示事件や自動車のリコール隠し事件などの企業不祥事が、発覚するケースが続いたことを契機に、内部告発の有用性が認められ、2006年に公益通報者保護法が施行されました。同法は、公益通報者を保護し、法令遵守の徹底による国民の利益を擁護することを目的としており、従業員などが同法に基づいて公益通報を行った場合、使用者に対する秘密保持義務違反や、その他の民事上、刑事上の責任を問えないものと考えられています。

 同法は、通報先を、①労務提供先(事業者内部)、②監督官庁、③事業者外部(消費者団体や報道機関など)の3つに区分し、順に通報者が保護されるための要件が厳しくなっています。③の事業者外部に対する通報では、通報内容の真実相当性に加え、労務提供先に通報した場合には揉み消されるおそれがある場合や、通報したにもかかわらず労務提供先が調査を行わない場合といった要件が課されています。

 そのため、内部通報窓口を設置し、適切に運用することは、事業者の法令違反行為などがいきなり報道機関などに通報され、主導権を失った状態で社会からの批判や信用リスクに晒される事態を防ぐ効果が期待できます。


 そして、2020年6月に公布された改正公益通報者保護法(2022年6月1日施行)では、企業(事業主)に対し、内部通報の体制整備が義務付けられています。この義務は、労働者数300人以下の企業については努力義務とされていますが、他方で、パワーハラスメント、セクシャルハラスメント、マタニティーハラスメント、育児介護休業ハラスメントについて、企業は、従業員数などの規模を問わず、相談窓口の設置をしなければならないとされています(厚生労働省指針)。内部通報とハラスメント相談とは、その内容が実質的に重複することも多いことから、内部通報窓口の設置が努力義務である企業においても、内部通報窓口兼ハラスメント相談窓口を設置すべき状況になっているといえます。


 たとえ経営が順調であっても、役員や管理職の方々が気が付かないうちに社内に歪みが生まれていることは少なくありません。歪みを早期に察知し、影響が小さいうちに対処するためには、内部通報窓口・ハラスメント相談窓口を設置し、適切に運用することがまずもって重要です。実際に窓口を設けている企業において、通報・相談のうち55%はハラスメントに関するものであったという調査結果があります(消費者庁「平成28年度民間事業者における内部通報制度の実態調査報告書」47ページ)。また、職場でハラスメントを受けたことのある人は全体の38%で、そのうち19%は退職・転職したという調査結果もあります(日本労働組合総連合会「仕事の世界におけるハラスメントに関する実態調査2019」)。せっかく採用、育成した貴重な人材を失わないためにも、通報・相談窓口の設置は急務です。